バイク乗りの無駄

なぜ、バイクに乗って無駄なことをするのかをバイク乗りが正当化した記事

ども、RYUKYU RIDERです。

僕らバイク乗りは無駄を好みます。

先日、こんなツイートをしました。

もし、これを読んでいるあなたがバイク乗りなら、このツイートに対して幾ばくか理解できることでしょう。いえ、理解どころか実際にやっているのではないでしょうか。

かくいう僕もバイクに乗って無駄を満喫しております。

例えば、ちょっとそこまで買いものにいくためにバイクに乗ることがあるのですが、お目当ての品物を買っても真っ直ぐ帰宅せず、1時間も遠回りして帰ることもしばしば、というか、10回中8回はそんなことをやってます。

「隼が俺に問いかけるんだ…」

なんてカッコいいことを言っても、目的もなくバイクを走らせるのは、周りの人からしたら「無駄」にしか見えないと思いますが、残念なことに、当の本人はそう思っていないのです。いや、ホント残念でならない(笑)

まぁ、僕らバイク乗りが人様からみたら無駄と思えることをやるのには理由がある、わけではないですが、正当化するために少し考えてみました。バイク乗りの無駄について、です。

バイク乗りが無駄をする理由

Twitter(@hayabusa_style)には「ひとときの幸せ」と書きましたが、その幸せはなぜ感じるのでしょうか。そして、どんな時に感じるのでしょう。。。

バイクに乗るから?

とストレートに考えられなくもないですが、個人的にはもっと奥底にある人間の本質の部分に理由がある気がしてます。

人間の本質。

文字で書くとたった5文字ですが、とても奥が深く、そして難しい。

現代は多様化している時代でして、人の価値観もこれまた多種多様。時代とともに生き方や考え方が変化しているようですが、それでも人の本質は変わっていないと仮定するならば、なにが奥底にあるのか。

そこでバイクという乗りものと他の乗りもののちがいを少し考えてみました。すると見えてきたものがあります。

それは、バイクは他の乗りものとまったく違うということ。

つまり、バイクは単なる乗りものという移動手段の単語として言い表せることはできない、なにか特別な感情を抱かせるような中毒性のあるもの。

例えば、バイクに乗るとなぜか楽しくワクワクするのに、他の乗りものではそんな感情がおきませんよね。いえ、おきなくはないですがバイクほどではない。

これは単にバイクが好きだから、というだけでは説明ができなくて、バイクに興味がない人がタンデムした場合でも同じように感じるようです。

僕はタンデムしたことがないので、そこは共感できないのですが、でもバイクに興味がない人がタンデムしたら、

「またバイク乗りたい」

と思うようですし、そう思うのでしたら間違いないと思います。

しかし、これが車だと、

「また〇〇にいきたい」

となりますよね。

バイクならバイクに乗りたい、ですが、車なら〇〇にいきたい、という風に場所について語ってくる。この違いは大きいと思います。

これは、やはりバイクが他の乗りものと違うということでして、多分ですがバイクは、他では味わえない「なにか」を得ているからだと思います。

で、その「なにか」とは自然ではないかと思うのです。

例えば、車や電車などは景色は見えるけど風を感じたりしないし、気温の変化も感じません(無理やり感じようとしたらできなくはないけど…)。

また、季節の匂いとかバイクを自分でコントロールして変わりつづける景色とか、道路と近い感覚も、これまた他の乗りものでは味わえないですしバイク特有のものだと思います。

つまり、

「バイクは自然を感じながら走っている」

というわけです。

そして僕らバイク乗りはこの感覚を味わいたいがために、ただバイクを走らせて夕日を見に行ったり、朝日を見に行ったり、海を眺めたり、星空を眺めるということをやるのです。

人様がたとえ、無駄だと吐き捨てても、僕らバイク乗りはその無駄の中に価値を見出しているので、やはりバイクを走らせ、そして自然を感じようとします。

これはまさに人間の本質ではないでしょうか。

僕らはコンクリートの中で暮らすようになってから、たった100年くらいしかたってません。それまでは、自然の中で生き、自然とともに暮らしてきたのです。

しかし、今はどうでしょう。

自然の中で過ごすというのは程遠く、逆に自然の中でいることを特別視していて、挙げ句の果てには「アウトドア」や「キャンプ」というキーワードで一括りしています。

本来、自然とともに生きるのが人間の姿であったはずですが、レジャー感覚で開いた時間や隙間にやる遊びとして捉えられているわけです。

さて、そろそろ気づきましょうか。

僕らは、というか人間の本質というのは自然とともにある、そして、自然と触れ合う生きものではないか、そう思うのです。

バイクはそのためのツールでありつつも、バイクそのものが自然を身近に感じさせる乗りものであるので、僕らバイク乗りはバイクに乗って自然を感じ、そして行き先もまた自然な場所である。

つまり、バイク乗りがする無駄には

人は自然と触れ合う生きもの

を体現しているということ。

なんとも哲学的な文章ですが、でも考えた結果がコレです。

一見、人様から見たら、また、バイクに興味がない人から見たらバイク乗りの行動は無駄のように見えますが、実は人間の本質的な行動をしていたということになるのではないでしょうか。

いや、むしろ今のこのご時世(コロナ渦)だからこそ、食べものをテイクアウトしてバイクでツーリングし、休憩がてら野外で食事をする。こんな遊び方がとても人間らしいし、自然な行動だといえます。

ストレスいっぱいのこの社会に、自然と触れ合うことの大切さをバイクは教えてくれてる気がしてなりません。

ふぅ〜、バイクに乗りたくなってきた。。。

では、また。