立ちゴケ動画をアップして、気づいたこと

立ちゴケ動画をアップして、気づいたこと

先日、隼で立ちゴケしてしまいました。

右側のカウルに傷がつき、サイレンサーにも痛々しい跡が残りました。

正直、その姿を見るたびに胸が痛みます。だからこそ、最初はこの動画をYouTubeにアップするかどうか、本当に悩みました。残念な動画を見せるのも、いかがなものかと思ったからです。

けれど、動画を投稿しました。結果、アップして本当によかった。

その理由は、コメント欄に寄せられた言葉の一つひとつが、驚くほどあたたかかったからです。

画面越しに届いた「優しさ」

「誰でも経験ありますよ」
「大丈夫、また走り出せばいい」
「同じように立ちゴケしたけど、それも思い出です」

そんなコメントが次々と届きました。

読んでいくうちに、不思議と心が軽くなっていきました。まるで曇った空に、少しずつ光が差し込むような感覚。誰かの優しい言葉が、あの日の傷を少しずつ癒してくれました。

バイクは、機械の塊に見えて、実は「心」で動くものなのかもしれません。そして、それを支えるのはいつだって“人”の温かさです。

バイクは一人で支えられない

立ちゴケをしたとき、バイクの重さを身をもって感じました。

どんなに力を入れても、倒れていくあの瞬間は止められなかった。でも、コメントをくれた仲間たちがいてくれたおかげで、心の中では再び立ち上がることができました。

バイクは、一人では支えられない。
支えるライダーがいて、そのライダーを支える仲間がいる。

それが、バイクに乗るということなんだと改めて感じました。

傷もまた「走りの証」

カウルの傷を見ると、今でも少し胸が痛みます。でも、その傷は「失敗」ではなく「証」だと思うようになりました。挑戦した証、走り続けてきた証、そして仲間との絆の証。

転んでも、また立ち上がって、エンジンをかけ直せばいい。それがライダーの生き方なんだと思います。

最後に

動画を見てコメントをくださった皆さん、本当にありがとうございました。

あなたたちの言葉が、あの日の僕を救ってくれました。あの動画は「立ちゴケの記録」ではなく、「人の優しさの記録」です。

また隼と一緒に走り出します。